チゼータV16T:16気筒エンジン搭載の伝説のスーパーカーとブルネイ王室の秘話
チゼータV16T:16気筒エンジンを搭載した伝説のスーパーカー
毎年8月、アメリカのカリフォルニア州モントレーで開催される「モントレー・カーウィーク」は、世界中の自動車愛好家が注目する一大イベントです。この中でも最大規模のオークションとして知られる「Monterey 2024」は、RMサザビーズ北米本社が8月15日から17日にかけて開催し、世界最大規模のクラシックカーオークションとして注目を集めました。特に、このオークションで出品された「The Turbollection」コレクションの中から、16気筒エンジンを搭載する伝説的なスーパーカー、チゼータ「V16T」が注目を集めました。
チゼータV16Tの誕生
チゼータV16Tは、元ランボルギーニのエンジニアであるクラウディオ・ザンポッリ氏と、音楽プロデューサーのジョルジオ・モロダー氏によって生み出されました。ザンポッリ氏は1980年代に北米ロサンゼルスに移住し、富裕層や有名人のスーパーカーを整備するビジネスを立ち上げ、成功を収めていました。しかし、彼の夢はそこで終わらなかった。自らの夢のスーパーカーを作る決意を固めたザンポッリ氏は、1980年代後半にモロダー氏をビジネスパートナーとして迎え、革新的なV型16気筒エンジンを搭載するエキゾティックカーの開発に乗り出しました。
ザンポッリ氏は、自動車専門誌のトップページを飾るような華やかなマシンを求め、6LのV型16気筒エンジンを横置きし、5速マニュアルギアボックスと組み合わせることにしました。このエンジンは、ランボルギーニ「ミウラ」のエンジンレイアウトにインスパイアされていました。
一方、壮麗かつアグレッシブなボディワークは、伝説的なデザイナー、マルチェロ・ガンディーニ氏が手がけました。ガンディーニ氏は、ランボルギーニ「ミウラ」や「カウンタック」、ランチア「HFストラトス」など、数々のアイコニックなクルマのデザインで知られています。
生産の経緯
初回生産では9台のみが完成しました。しかし、ザンポッリ氏とモロダー氏のパートナーシップは、プロトタイプ第1号が製作された直後に解消され、当初は「チゼータ・モロダーV16T」として販売される予定だったこのクルマは、「Claudio Zampolli」のイニシャル「C.Z.」をイタリア語読みした「チゼータ」の名のみを冠して生産に移されました。生産の遅れとモデルの複雑さがもたらすコスト高騰のため、V16Tの初回生産分はわずか9台しか完成しなかったとされています。
しかし、ザンポッリ氏にとってチゼータは成功だったと言えます。自らのデザインでエクスクルーシブなスーパーカーを作るという彼の夢は達成され、生み出されたスーパーカーの仕上がりは、まさに壮麗というほかありませんでした。
ブルネイ王室との関わり
チゼータV16Tの生い立ちやコスト、エクスクルーシブ性を考えれば、生産された各台に興味深い裏エピソードがあるのも不思議ではありません。特に、今回の「Monterey 2024」オークション出品車であるシャシーナンバー101は、その歴史が非常に興味深いです。
1983年にイギリスから独立したブルネイのスルタンとその一族は、莫大な石油資産の一部を投入し、世界最大のカーコレクションを築きました。王室は、あらゆるメーカーから約2000台のクルマをオーダーし、1990年代の厳しい時代を通して、独力で多くの高級ブランドのビジネスを維持しました。
ブルネイ王室は、お金で買える最も高級でエポックメイキングなスーパーカーを探し求め、その結果、チゼータV16Tにたどり着きました。ブルネイ王室は、イタリアで9台が製作されたチゼータV16Tのうち3台を購入したとされています。そのうちの1台が、ダークブルーのボディにブルーのレザーインテリア、右ハンドル仕様のシャシーナンバー101です。
シャシーナンバー101は、シンガポールのフェラーリ正規ディーラー「ホン・セー・モーターズ」社がブルネイ王室の代行としてオーダーしました。ホン・セー社は、ブルネイ王室コレクションの多くが同社を通じてオーダーされていたとされています。興味深いことに、他の生産モデルはサイドエアインテークに垂直の太いスリットを備えていたのに対して、シャシーナンバー101は白いプロトタイプと同じく、水平の細いフィンを備えています。
ダークブルーのボディに、同じくブルーのレザーインテリア、そしてブルネイの交通法規に合わせて右ハンドルで仕上げられたシャシーナンバー101は、イタリア全土でのプレス撮影に使用され、1993年のジュネーヴ・ショーにも展示されました。RMサザビーズの公式ウェブカタログ作成時、オドメーターに刻まれていた走行距離983kmのほぼすべてが、この時期のファクトリーによるテスト走行およびPR活動のために蓄積されたものと考えられています。
その後の経緯
1993年3月、シャシーナンバー101はイタリア・モデナからアジアへと出荷されました。しかし、理由は不明ながら、シンガポールのホン・セー・モーターズ内に25年以上も保管され、ブルネイに引き渡されることはなかった。
一方、王室が購入した残り2台の黒いV16Tは、ピニンファリーナの手によってフェラーリのボクサー12エンジンを縦置きで搭載し、そのために不可逆的な構造変更が施されてしまいました。さらに、そのうちの1台は未完成のまま解体され、残る1台はカリフォルニア州タスティンの「マルコーニ博物館」に展示されています。したがって、シャシーナンバー101は、ブルネイ王室が購入したV16Tの中で唯一、現在もシンガポールに到着したままのオリジナル状態で保存された個体ということになります。
現在の状態とオークション
生産から四半世紀の時を経た2020年、前オーナーはホン・セー社からシャシーナンバー101を購入し、走行可能な状態へと戻しました。2021年に「The Turbollection」へと再び販売される前に、この個体はすべてのフルード類を交換し、冷却システムを整備、燃料システムのクリーニングも行いました。
RMサザビーズ北米本社は、「チゼータV16Tは、めったにお目にかかれない一方、信じられないほど興味深いマシンであり、第二次世界大戦後では数少ない16気筒エンジンの市販車である。驚異的なパフォーマンス、見事なデザイン、魅惑的な歴史、そして最高のエクスクルーシブ性を備えたこのV16Tは、どこへ行っても目立つこと間違いないだろう」というPRフレーズを添えて、70万ドル(約1億円)~90万ドル(約1億3000万円)という推定落札価格を設定しました。
しかし、モントレー市内の大型コンベンションセンターで挙行された競売では、出品者側が期待していたほどにはビッド(入札)が伸びなかったため、残念ながら落札には至りませんでした。その後、同社の営業部門を介して得意客に個別セールスをかけ、販売に至ったようです。
結論
チゼータV16Tは、その革新的な16気筒エンジンと壮麗なデザインで、自動車史に名を刻むスーパーカーです。生産台数の少なさと、その独特の歴史が、このクルマの価値をさらに高めています。今回のオークションでの結果は残念でしたが、その魅力は依然として衰えていません。今後も、チゼータV16Tは自動車愛好家たちの注目を集め続けることでしょう。