七代目一龍斎貞鏡:いじめから生み出された強さと、子育てへの情熱
七代目一龍斎貞鏡さん:過去のいじめを乗り越えて
「ここまでよく生きてこられた」と、講談師の七代目一龍斎貞鏡さんが振り返ります。思春期の頃に経験したいじめから、今でも時々マイナス思考に流されてしまうことがあるそうです。
友達に「死ね」と言われて
── 舞台上で堂々と演じる姿が印象的ですが、子どもの頃は全く異なるタイプだったそうですね。
貞鏡さん:もともとマイナス思考で、人前に出るのも怖くてたまらなかった。この性格もあって、思春期にはいじめられることもありました。女子特有のグループがありますよね。私は、はぶかれ、仲間はずれにされることが何度かありました。友達に無視されて「死ね」と言われ、母も厳しかったので、家にいても休まりませんでした。「私なんてもういいんだ」と思って、ふとした瞬間に「もう消えていなくなってしまいたい」と思うこともありました。
── いじめられていたことを誰にも言わなかったのですか。
貞鏡さん:はい。嫌で嫌で指を噛んだり、顔を引っかいたりしていたので、皮膚がボロボロになっていましたけど、母に悲しい顔を見せたくないと思っていました。それに、「いじめられるあなたが悪い」などと怒られるかなと思うと、何も行動ができなくなるほどの小心者なので、私が耐えたらいいんだと思っていました。今振り返ってみても、ここまでよく生きてこられたなと思うくらいです。人間って強そうに見えて、そんなに強くないと思っているので、自分がした経験を子どもたちにはさせたくないですね。わが子には逃げ道を作ってあげたいです。
4人の子どもを育てて
── 4人のお子さんを育てている中で、ご自身の経験が活きていることはありますか。
貞鏡さん:子どもたちには「何かあったらいつでも、何度でも、いくらでも逃げていいんだよ」と伝えています。逃げることは恥ではないですし、とにかく命を大事にしなさいということをことあるごとに言っています。幼稚園や習い事などで「こんなことがあった」と子どもが落ち込んでいたら、まずは子どもの話、気持ちをしっかり最後まで聞くように気をつけています。「じゃあ、これからどうしようか」とすぐに答えを求めず、子どもの気持ちが乗って話してくれるのを待つようにしています。「無理をしてでも行きなさい」ということは絶対に言いません。自分の気持ちが大事。何があっても命を粗末にすることだけはあってはならないので、子どもたちの逃げ道を作ってあげることを常に意識しています。意識しないと、私もそういう過去があるので、ついマイナスな言葉を言ってしまうかもしれないと思っています。
子育ての苦労と夫婦の協力
── 子どもと向き合っていると、自分の思い通りにならないことも多いかと思います。そんなときはどうしているんですか。
貞鏡さん:子育て中は、たとえ自分が40度の熱があっても元気な子どもたちは飛びついてきますし、ご飯も作らなければならず、お風呂にも入れなければなりません。綺麗ごとでは済まされないので、自分の心が乱れそうなときは、「ちょっとひとりにさせて」と夫に言って、たとえ10分でもひとりになる時間を作るようにしています。夫も、子どもがあまりに言うことを聞かないときに声を荒げそうになったら「ごめん、ちょっと外行ってくる」というように夫婦で気をつけるようにしています。夫と結婚して、子どもを授かったことで「生きていてよかった」と強く思えたんです。あのとき、間違ったことをしなくてよかったと。命って本当に奇跡のかたまりなんです。
父の死と家族の支え
師匠でもある父が3年前に他界しましたが、人は死んでしまうのも一瞬です。「この世に執着はない」というような気持ちでいた私に、夫と子どもたちが気づかせてくれた、命や愛という存在。きょうだいであっても十人十色、気性はまったく異なります。減点方式ではなく、一人ひとりのいいところを褒めて伸ばす加点方式で笑顔あふれる毎日を送ってもらいたいの一心です。何事も、自分の意識の持ちようで変えられます。「目の前の納豆ご飯が美味しいのが幸せ!」と思うのだって自分次第です。つらい過去を思い出すと、どうしてもマイナス思考に流されてしまうので、なるべく意識して思い出さないよう過ごしています。
未来の社会への思い
── 意識を変えるようにしているとのことですが、お子さんたちの未来がどんな社会だったらいいなと思いますか。
貞鏡さん:綺麗ごとかもしれないのですが、人を思いやる気持ちや余裕がもっと溢れたらいいなと思います。私自身の経験で言いますと、産休に入るのも復帰するのも一筋縄ではいかず、復帰したとしても保育園から連日のように「お熱が出ました。お迎えにきてください」との連絡があり、体と心が思うように言うことをきいてくれない葛藤がありました。そんな中で、「またお子さん熱が出たの?」「お母さん、あなたがもっと頑張らないとね」と、ふと何げなく言われた周りの方の言葉に傷ついて、余裕がまったくなくなり、涙が止まらなかったことがありました。私もほかの人に、無意識にそのようなことを言ってしまわないよう、してしまわないよう気をつけようと強く思いました。
表面上はわからなくても、さまざまな状況の人間がこの世で共存しています。その状況、その立場になったことがないから分からない、知らない、では何も生まれず、息苦しい世の中のままです。「正直分からないけど、分からないなりに分かる努力をする」。自分中心ではなく、相手の状況を想像できる余裕を持ってみたら、自分の気持ちにも余裕が生まれ、より生きやすい世の中になるのではないかと思っています。
プロフィール
一龍斎貞鏡さん(いちりゅうさい・ていきょう)。実父に講談師八代目一龍斎貞山、祖父に七代目一龍斎貞山、義祖父に六代目神田伯龍を持ち、世襲制ではない講談界に於いて初の三代続いての講談師。連続物などの古典演目の他、ピアノを弾きながら講談を読むピアノ講談、子ども向けの紙芝居講談など新たな挑戦も行う。現在、4児の母として芸道と子育ての両立に適進中。
取材・文/内橋明日香 撮影(サムネイル)/ヤナガワゴーッ! 写真提供/一龍斎貞鏡内橋明日香