【レビュー】『室井慎次 敗れざる者』青島との約束を胸に、27年後の秋田で新たな人生を歩む室井さん
27年前の連続ドラマ「踊る大捜査線」(1997)から始まった「踊るプロジェクト」が、今年、12年ぶりに再始動した。柳葉敏郎が演じる室井慎次が主人公で、本広克行(監督)、君塚良一(脚本)、亀山千広(プロデューサー)という黄金トリオが再集結した映画『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』が制作された。
『敗れざる者』では、警察キャリアだった室井が志半ばで警察を辞め、故郷・秋田でひっそりと暮らしながら、死体遺棄事件に巻き込まれる様子が描かれている。警察を辞めても消えない青島たちへの思いが、物語の中心となっている。
室井は、コートも脱ぎ、よれよれの白シャツにベスト、防寒着姿で料理や畑仕事をする姿が見られる。家族を持たなかった彼が、犯罪関係者の子どもたちを引き取って里親となっている様子に、最初は驚愕した人も多かった。しかし、それは確かに「室井慎次」だった。
「踊る」といえば、織田裕二演じる所轄の捜�查員・青島俊作の明るい笑顔を思い浮かべる人が多いかもしれないが、その対となる室井もまた、多くの人を惹きつけたキャラクターだ。シュッとしたスーツに、黒のコートをまとい、眉間にしわを寄せながら大勢の部下とともに湾岸署などに臨場した姿が印象深い。当初は警察官僚の一員として組織の歯車的行動が多かったが、青島と湾岸署の面々に大きく感化され、異色のキャリアとなった。室井は「現場の刑事が信念を曲げずに捜査ができるようにする。そう彼と約束した」ため、組織の中で奮闘を続けた。青島とのその「約束」は、「踊る」シリーズ全体の根底をなす大きな軸だった。
現在の室井の状況は、その軸が折れ、挫折してしまったように見える。自身も「守れなかった」と語っている。しかし、彼は室井慎次だ。不器用で真面目で一本気で、自らが間違っていたと思えばすぐに修正できる柔軟さを持っている男だ。彼からは、青島の思いも、彼らの上の世代に当たる和久平八郎(いかりや長介)と吉田副総監(神山繁)の思いも、決して消えてはいないように見える。
独身で、おそらく警察キャリアだった時代はろくに家事をする時間もなかったと思われる室井。それが、古い家屋を掃除し、整理し、修繕しながら住んでいる。週に3日はカレーだと文句を言われながらも食事を用意し、レシピ本を参考に不器用なキャラ弁を作る。母親が殺された過去を持つ森貴仁(タカ/齋藤潤)や、父が犯罪者の柳町凜久(リク/前山くうが・こうが)、「踊る」史上最悪の凶悪犯・日向真奈美(小泉今日子)の娘・杏(福本莉子)ら里子たちへの誠実で真剣な対応。地元の人たちにつめられても、もどかしいほどに言葉が少ない。そのまっすぐさは、異なるフィールドの異なる形であっても、彼が室井慎次だという証だ。
また、「踊る」おなじみキャラクターたちが登場するのは、ファンにはたまらないプレゼントだ。湾岸署の立ち番警官だった緒方薫(甲本雅裕)は意外な姿を見せ、室井のかわりに秋田県警本部長になった新城賢太郎(筧利夫)は事件の捜査に参加するよう室井に要請、警視庁官房審議官の沖田仁美(真矢ミキ)は部下を従えてさっそうと職務をまっとうしている。中でも、室井と同じ秋田出身の森下孝治(遠山俊也)の登場シーンは、涙無くしては見られない。名シーンぞろいの過去回想映像とともに、多くの感動が押し寄せてくる。
もちろん、「踊る」ならではのコミカルでテンポのいい「本広演出」も健在だ。シリアスな物語性に加味されたクスッと笑える軽さは、舞台が自然の風景と雪景色という新鮮味とともに、映画の観やすさにつながった。さらに、現在のエンタメ界で注目を集める若手の2人、齋藤の瑞々しさや福本のミステリアスな芝居、さらに的確さと鋭さが光る松下洸平の演技も見逃せない。
物語としての評価は、続く『生き続ける者』の公開を待ちたいところではあるが、室井慎次の今の生き方は、かつての彼を知っている者には興味深いだろう。彼が警察に戻るのかも?という示唆も意味深だ。「踊る」未見の人には少々見づらいかもしれないが、そのための再放送、配信の大盤振る舞いといえる。この機会にぜひ、「踊る大捜査線」という日本のエンタメ界を変えた大傑作に触れてみてほしい。連ドラ最終話の感動をいまから味わえるなんて、逆に羨ましいくらいだ。そして、青島と室井の「約束」の行方を見届けるためにも、11月には『生き続ける者』を観なければ。