池袋本店大改装と労働組合の苦悩:そごう・西武の未来を左右する重要な決断
そごう・西武の池袋本店大改装と労働組合の苦悩
基幹店が倒れれば、周辺も巻き込まれる。これはすでに経験済みだった。特に池袋本店は神戸店よりも大きな巨艦店であり、その北、中央ゾーンを失うことで、そごう・西武という会社自体が今後、立ち行かなくなる可能性もある。
さらに、フォートレスから初めて示されたフロアプランに対して、林社長はその場で反論できず、そのまま持ち帰らざるを得なかったという。これを聞いてまた腰が抜けそうになった。
しかも、この時点で労働組合にはいまだフロアプランが正式に提示されていない。2022年12月14日に行われた4度目の4者会談でも、井阪社長は「フロアプランは未定」と言い張った。
労働組合には余計な情報は与えない
「フロアプランはどうなるんですか、もう決まっているんですか」
「決まっていません。むしろそれはこれからです」
「普通に考えたら、ヨドバシがお金を出して買った土地で、自らも営業しようとすれば、自分の土地なんだから当然一番いい場所を自分が使いますよね。そうなればわれわれそごう・西武は、百貨店として生き残れなくなるんじゃないですか」
「このディールの『主語』はあくまでそごう・西武だから、もっと言うと百貨店を知っているのはそごう・西武なんだから、ヨドバシとフォートレスと、われわれセブンではなくてそごう・西武とで誠実に協議して、リースラインを決めればいいんですよ」
「表向きはそうかもしれませんが。自分の土地は、まずは自分がここを使うと決め、残りを君らが使っていいよ、とするのが普通じゃないですか」
「そんな話ではないですから」
「株式譲渡契約が締結されましたね。その契約の中身は知りませんが、ヨドバシが西武池袋本店のどこからどこまで使うというのは、すでに契約書に盛り込まれているんですか」
「そんな契約はありません。むしろヨドバシとそごう・西武とフォートレスが誠実協議をして、面積を決めるという話になっているんだから。それはまさに、これからの話し合い次第です」
フォートレスはすでに「決定事項」としてフロアプランをそごう・西武経営陣に提示しているというのに、井阪社長は「まだ決まっていない」と言う。労組には余計な情報を与えないという姿勢がありありと感じられた。
労働組合の知らぬ間にニュースで自社の重要発表が
NHKのニュース速報が流れた。
「セブン&アイの取締役会が、2023年2月1日を契約実行日とするフォートレスへのそごう・西武株式譲渡を決議」
これから労組への説明というタイミングでまたもリークかーーこれで何度目だろう。つくづく溜め息が出た。
報道によると、セブン&アイはフォートレスにそごう・西武の株式を譲渡する契約を締結することを2022年11月11日の臨時取締役会で決議し、フォートレスのビジネスパートナーとしてヨドバシホールディングスが加わるという。2023年2月1日の株式譲渡の完了(クロージング)まで、「今後の協議で詰めていく」とされていた。
あとになって分かったことだが、売却後の池袋本店の大まかなフロアプランも11日の臨時取締役会で示されていた。それによると、西武池袋本店本館の北ゾーンにヨドバシカメラが入る計画だという。
池袋本店は細長い廊下のような建物で、本館は北、中央、南の3ゾーンに分かれている。池袋駅は南より北側の人流が多く、北ゾーンがもっとも集客力がある。ルイ・ヴィトン、グッチなどのハイブランドも1階北ゾーンに入居している。
フォートレスのプランでは、この北ゾーンからハイブランドを立ち退かせ、すべてヨドバシカメラにするというのである。
労働組合としてのいらだち おカネを出す人が一番強い
ヨドバシが北ゾーンに入居することにこだわっているのは、もう一つ理由があった。池袋本店から北側に向かって歩くと左にビックカメラ、右にヤマダデンキの大型店が並ぶ。仮に現在の池袋本店の北ゾーンにヨドバシカメラが入ると、ビックカメラ、ヤマダデンキに向かう人たちをその手前でせき止めてしまうことになる。ライバルのビックカメラ、ヤマダに強力な打撃を与えることができる立地なのだ。
ヨドバシはさらに手を打っていた。
池袋本店の地下街から東側に広がる約1200坪にわたるショッピングセンター「池袋ショッピングパーク(ISP)」の株式をヨドバシホールディングスが取得する方向だという。
ISPには現在約60のアパレルや飲食店、食料品店が入居するが、ここにもヨドバシカメラが入れば、さらにビックカメラ、ヤマダデンキへの人流は細ることになる。
井阪隆一社長(セブン&アイHD)に近いと見られていた社外取締役の伊藤邦雄氏でさえ、「気がついたら『ヨドバシ百貨店』になっているようなことは、やってはだめだ。あくまでそごう・西武が、百貨店として成長できるプランでなければだめなんだ」と言っていたと聞く。
しかし、「結局、おカネを出す人が一番強い」とあるアナリストが言っていたように、2000億円を出資する予定のヨドバシカメラに発言権があるのは間違いなかった。
これほど重要な決定が、労働組合にいっさいなんの説明も連絡もなく、抜き打ちのような形で実行されてしまったことに、大きな衝撃を受けた。
いったいどういうことなのか 労働組合の頭越しの決定
2022年11月11日午後の臨時中央経営協議会でそごう・西武の林拓二社長は冒頭突如立ち上がり、「申し訳ありません」とわれわれに頭を下げた。
「前日から様々な報道が先行し、当社で働く従業員の皆さまやステークホルダー(利害関係者)、お客さまに多大な不安を与えたことについて、大変申し訳なく、あらためてお詫びを申し上げます」
しかし、林社長に謝られても、結果は覆らない。組合側からは当然、厳しい言葉をぶつけた。
「秘密保持の観点やインサイダー取引に抵触するとの懸念から情報開示が難しい状況とのことでしたが、これだけ外部には情報漏洩をしながら、当社で働く従業員には『決定事項は何もない』とは、いったいどういうことなのか。あまりにも、働く従業員や労働組合を置き去りにした対応なのではないでしょうか」
「今後どんなにきれいなメッセージを並べられても真正面から受け止めることができません。労働組合は個人の私利私欲のために動いているわけではありません」
11月11日の中央経営協議会で「申し訳ない」と頭を下げた林社長は、その後、ある決意を固める。社長自ら各店舗に出向いて説明行脚する、「店舗ラウンド」をするというのである。
社長の全店舗行脚でも拭えきれない不安
林社長はそごう神戸店、西武高槻店がエイチ・ツー・オーリテイリングに営業譲渡された際にも、現地を回って従業員と直接対話をしたことがある。経営幹部からは「かえって混乱を招く」と止められたが、林社長の意思で強行した。林氏はかつて神戸店の店長を務めた経験があり、とくに思い入れが強いということもあった。
神戸店ではかつての部下らに対し、「申し訳ありません」と深々と頭を下げたと聞いている。
11月16日から始めた全店舗行脚で、社長は営業時間前の部課長会などに参加した。
「今回のディールはそごう・西武を再成長させるためのものです。私は、セブン&アイ・ホールディングスと井阪社長を信じています。従って悪いようにはならない、させない。だから安心して目の前の業務、繁忙期を乗り切ってください」
しかし、私はその話を聞いても不安を拭いきれなかった。林社長の気持ちは本物だろう。さもなければ、この混乱期に10店舗を回って直接現場の社員に謝罪するという行動に出るはずがない。しかしセブン&アイは、本当に「悪いようにしない」だろうか。
百貨店らしくない店で高級品を買いたくない
2022年11月21日に行われたそごう・西武労働組合の臨時中央大会では、組合の各支部から厳しい声が寄せられた。
「1月末の報道(編集部注/2022年1月31日に日経新聞が報じた)以降、お取引先さまから『先の案件は依頼できない』など厳しいお言葉を頂戴することが続き、普段の営業活動に支障が出ている。事業の特性上、交渉期間や取引納入期間が長い案件が多いことも鑑み、お取引先さまに根拠のある説明ができる安心材料が早くほしいと感じている」(商事支部の組合代議員)
「お客さまから、『百貨店らしくないお店では高級品を買いたくない』というリアルなお声を頂戴することもあります。そのような中で、当社株式売却の報道があり、実際に納品が先になる高級家具の販売がキャンセルになるといった事案も発生しました。営業体制はなにも変わらなくても、すでに報道だけでブランド毀損は始まっているのだと感じています」(池袋支部の組合代議員)
お客さまからの声も報告された。
「そごう・西武は百貨店ではなくなってしまうのかという不安」
「ハレの日需要や継続的なメンテナンスが必要な高額品の買い控え」
「問い合わせに対し曖昧な受け答えしか返ってこない現状」
こうした意見は「ブランド毀損」「信用・信頼の低下」「当社および従業員への不信」という3つに集約し、経営陣に伝えた。
11月22日には、労働組合としてアメリカのフォートレス本社に意見書を送付し、事業継続や従業員の雇用維持に影響が出るプランが提示された場合、「労働組合として明確に反対する」ことを伝えた。
11月24日には、フォートレスからそごう・西武経営陣に池袋本店のフロアプランが提示されている。それによると、低層階を中心に全面積の5割がヨドバシカメラ、残った部分で百貨店を展開するという。
ルイ・ヴィトンやエルメスを失ってしまうかもしれない
2022年11月11日のセブン&アイ臨時取締役会で示されたのは北ゾーンを中心に3割をヨドバシにする案だったようだが、結局、中央ゾーンも低層階を中心にヨドバシが入るとされていた。
フォートレス陣営は「話し合いの余地はない。これで決定です」と話したという。もしこのプランが実行されれば、もっとも集客力のある北ゾーンと、中央ゾーンの低層階を失い、池袋本店の大きな魅力のひとつであるルイ・ヴィトン、エルメスなどのハイブランドも失うことになるかもしれない。
井阪社長から4者会談の場で「ヨドバシカメラが入るにしても低層階を占めるなどということはありません。組合員の皆さまにも、機関紙を通じてぜひそれを伝えてください」と言われていたが、この話も結果的に事実とは違った。「現時点で決定事項はない」という言い方で、その後どうなっても言い訳できるように逃げ道を残していたのだ。
「日本第3位」のデパートの座から転落し、お取引先さまから見た魅力も半減どころではないだろう。影響は他店にも及ぶ。2016年にそごう神戸店を営業譲渡したあと、大津店や西神店、徳島店など関西の店舗は軒並み営業力を落とし、結果的に営業終了に追い込まれた。
結論
池袋本店の大改装は、そごう・西武の未来を大きく左右する重要な決定である。労働組合の不安と苦悩は、経営陣の情報開示不足と、従業員の立場を軽視した対応によってますます深まっている。今後、経営陣が労働組合との信頼関係を再構築し、透明性のある意思決定を行うことが、そごう・西武の再成長にとって不可欠である。