阿部慎之助監督とアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」: 巨人優勝への道
広島対巨人 7回表巨人2死二塁、増田大が適時二塁打を放ち、笑顔でガッツポーズする阿部監督
巨人が4年ぶりのリーグ優勝を果たし、「俺たちのセプテンバー」にも歓喜が訪れた。阿部慎之助監督(45)が現役時代に登場曲として使用し、代名詞とも言えるアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」。野球人にとって「9月」とは、いったいどんな時期なのか。坂本、菅野、丸らベテランはどんな心境で迎えたのか。同バンドをよく知るソニー・ミュージックレーベルズの有田尚哉氏(57)に、13年に阿部監督と対面した様子を聞くと、“プロ”としての共通項が見えてきた。【取材・構成=栗田成芳】
9月の意味
8月のカレンダーをめくると、あの曲が世界中で再生される。かつて阿部監督が登場曲に使用し、東京ドームで毎日のように流れていた「セプテンバー」が今季、再び球場に戻ってきた。勝ちゲームの後は、心地よいサウンドと絶妙にマッチする「慎之助コール」が復活。陽気で、爽快感があって、どこかスポーツとは相反するようなメロディーが、阿部巨人のテーマソングになった。
「9月=シーズン大詰め」は、プロ野球の風物詩。その曲調とは対称的に、毎年やってくる正念場の9月、優勝争いもCS争いもピークを迎えるこの時期に、勝者と敗者の境界線が残酷なほどクッキリと線引きされる。
岡本和の決断
春季キャンプ前、阿部監督から「一塁」か「左翼」か2択を問われた岡本和は前者を選んだ。9月を迎え「久々に優勝争いができている。やりがいを感じてやれてますよ」と意気に感じていた。
丸の心境
DeNAと4時間23分の激闘の末、引き分けでマジックが初めて点灯した9月18日、丸が東京ドームから自宅に帰ったとき、時計の針は午前0時を回っていた。迎えた翌朝。「普通に6時半に起きて、子どもを起こして、車で送っていきました。何も変わらないですよ。ここ10年でいえば、季節感というのはまったくないですよ」。
坂本の覚悟
秋風には、あえて鈍感だったのは坂本も一緒だった。「毎試合勝ちたいと思ってるし、毎打席打ちたいと思っている。9月だからといって何も変わらない」。試合前にそう言った坂本は、22日甲子園での阪神との頂上決戦第1ラウンド、3打席凡退で交代を告げられると、ベンチで珍しく突っ伏した。「情けない。この試合は一生忘れない」。翌日に決勝打を打ったことよりも、打てなかったことが野球人生に色濃く残ったのは、この時期のせいかもしれない。
菅野の戦略
9月を制する投手がシーズンを制す。プロ12年で135勝の菅野は、4月(26勝)と9月(25勝)に2度ピークがくる。「6月に1度、体力の貯金がなくなって、7月踏ん張って、やるべきことやめずにいければ、8月、9月ってもう1回いける。勝っているシーズンというのはいつも最後まで投げられているから」。走りきって4年ぶりの最多勝をほぼ手中に収めた。
「セプテンバー」の魅力
78年にリリースされ、米国のディスコを席巻した名曲が、46年たった今も、東京ドームという大きな“ハコ”で色あせることなく愛される。その理由は、阿部慎之助という野球人にほかならない。同バンドを担当者としてよく知るソニー・ミュージックレーベルズの有田氏は「どんなヒット曲でも寿命はそれなりにある。10年、20年、30年すると、だんだん聞かれなくなる。でも、この『セプテンバー』という曲は違う。プロ野球の現場で5万人の人がこんなにも喜んで大合唱してくれる曲はないですよ」と語る。9月に入った瞬間、世界中で爆発的に再生回数が上がる現象は、監督に就任した今年、さらに顕著になった。
阿部監督との対面
現役時代、バットを握って打席に向かうまでの数メートルでスピーカーから流れていた歌声を、11年前に1度だけアカペラで聞いたことがある。13年に来日したタイミングで対面。東京ドームの一室、目の前で聞き入った後、メンバーのフィリップ・ベイリーが言った。「我々もパフォーマンスを発揮しないといけない。準備、スキルの維持、集中、それにはディテールにこだわらないといけない。毎回ベストを尽くす。目の前の観客のために。きっとあなたも共感してくれると思う」。ステージは違っても、グラミー賞を6回受賞する同じプロ。その精神が野球人・阿部慎之助とリンクした。
有田氏の見解
当時やりとりを見届けた有田氏は、音楽に携わる人間としてこう捉える。
「彼らはステージですごく陽気で、楽しそうに音楽をするけど、あれを何十年もやり続けるってプロフェッショナルでないとできない。そして阿部さんが今年監督になってくれたことで、また曲が息を吹き返したと思います。セプテンバーはアース・ウインド&ファイアーの曲じゃなくて、もう阿部慎之助さんの曲なんですよね」
阿部監督の決意
昨年10月6日、就任会見で、阿部監督は言っていた。「最高のファンの皆さまとともに、喜びをセプテンバーに味わえればうれしいです」。79年3月20日に生まれた阿部監督と“同学年”の「セプテンバー」。岡本和も、丸も、坂本も菅野も、それぞれの9月を経てたどり着いた「阿部巨人」最高のフィナーレ。ロングヒットの予感しかしない。
アース・ウインド&ファイア-
69年に前身となるバンドをシカゴで結成。70年に拠点をロサンゼルスに。モーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツインボーカルと親しみやすいファンクミュージックが70年代後半、ディスコサウンドの一大ブームを築く。グラミー賞を6度受賞。00年にロックの殿堂入りを果たす。16年2月3日、長年の闘病の末にリーダーのモーリス・ホワイトが死去。世界中のファン、著名人から哀悼のコメントが寄せられた。代表曲は『September』『Boogie Wonderland』など。