「朝ドラのヒロイン像を覆す」15年間の進化と『おむすび』の挑戦
9月30日から、NHK総合で「連続テレビ小説」第111作『おむすび』の放送が開始された。本作は、元号が平成に変わる日に生まれた主人公・米田結(橋本環奈)が、ギャル文化に出会い、やがて栄養士として「縁・人・未来」と、大切なものを「結」んでいく平成青春グラフィティだ。
『おむすび』の第1話では、朝ドラの「お約束」である「タイトルコール」(結が食卓の塩むすびを見て「あ、おむすび」と発する)や「水落ち」(帽子を落として泣いている少年のために結が海に飛び込む)が早くも登場。さらに、結が自分の人助けの性(さが)にツッコミを入れるモノローグとして、「うちは朝ドラのヒロインか?!」というメタ的な台詞も登場した。
本作の脚本を手がける根本ノンジ氏と制作統括の宇佐川隆史氏は、共に「朝ドラ好き」を公言し、これらの「朝ドラあるある」を意識的に盛り込んでいる。朝ドラには、「タイトルコール」「水落ち」のほかにも、「ヒロインが作業に夢中になって顔に何かをつける」「ヒロインが自転車に乗って颯爽と登場する」「ヒロインが子役から本役に移行するファーストシーンは『同じ行動』をとらせて紐付けする」など、視覚的効果を狙った「あるある」が存在する。
しかし、2010年代以降の朝ドラは、従来の「朝ドラヒロイン」のイメージを打破する傾向にある。2010年以降の朝ドラには、典型的な「朝ドラヒロイン」はほとんど存在しない。例えば、『ゲゲゲの女房』(2010年度前期)のヒロイン・布美枝(松下奈緒)は生涯専業主婦として夫・茂(向井理)の漫画家人生を支えた。これは、それまで「職業路線」と「ヒロインの自己実現」を主たるテーマとしてきた朝ドラに対する「カウンター」だった。
また、『カーネーション』(2011年度後期)のヒロイン・糸子(尾野真千子)は、巻き舌の岸和田弁で啖呵を切り、するめをかじって日本酒を煽り、畳に寝転ぶという、従来の「ヒロイン」の枠には収まりきらない人物造形だった。作品自体も「朝ドラ」という文脈を超えたマスターピースで、視聴者層を大幅に拡大させ、朝ドラへの偏見を払拭した。
『あまちゃん』(2013年度前期)の天野アキ(のん)の母・春子(小泉今日子)が言うところの「地味で暗くて、向上心も協調性も存在感も華もないパッとしない子」という人物造形も、従来の「ヒロイン幻想」を反転させたものだ。脚本家・宮藤官九郎の気概が感じられる。
2010年以降の朝ドラは、それぞれのヒロインが個性的で多面的であることを示している。『スカーレット』(2019年度後期)の喜美子(戸田恵梨香)は、息子の教育資金を溶かしてまで陶芸に注ぐ描写が印象的だった。『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期)の安子(上白石萌音)とるい(深津絵里)は、それぞれの葛藤と成長を描き、世の中に完全に正しい人間やヒロインはいないことを示した。
『舞いあがれ!』(2022年度後期)の舞(福原遥)は、柔らかくふんわりした雰囲気ながら、内面には「空を飛びたい」という確固たる信念と熱い情熱を持つ。そのソリッドな人物造形が痛快だった。
『おむすび』の制作統括・宇佐川隆史氏は、本作を平成が舞台の「現代もの・オリジナル作品」にした理由について、「モデルありの時代もの」が3作続いたので、「朝ドラの可能性として、1回違うことにトライしてみたい」と語った。平成を生きるヒロイン・結は、どのような人物なのか。半年間、彼女の人生を追う放送がはじまる。