米津玄師の変容と恒常性:「ドーナツホール」から「がらくた」へ、欠けたものを描く心の旅路
約4年ぶりのリリースとなった米津玄師の6thアルバム『LOST CORNER』には、映画『ラストマイル』の主題歌「がらくた」が収録されている。米津は常に日本の音楽シーンの最前線を走り続け、活動を始めれば話題に事欠かない存在として知られている。
アルバム『LOST CORNER』のプロモーションがようやく一区切りついた頃、ファンも予想だにしなかった世界的チョコレートブランド「GODIVA」とのコラボレーション商品の発売、そしてそれに伴うボカロP・ハチ時代の楽曲「ドーナツホール」のMVリメイクの一報が飛び込んできた。
米津はVOCALOIDを用いた音楽制作を活動の原点としており、当時はハチという名義で人気クリエイターとして活躍していた。しかし、現在では自分の声で「米津玄師」として歌うことを選び、VOCALOIDプロデューサー・ハチとしてのオリジナル作品は2017年の「砂の惑星 feat.初音ミク」を最後としていた。そんな中、新録映像版「ドーナツホール 2024」が投稿され、従来のファンだけでなく、VOCALOIDを愛する多くの人々からも大きな歓迎を受けた。
「ドーナツホール」は2013年10月にハチ名義で動画サイトに投稿された楽曲で、2011年の「パンダーヒーロー」から約2年9カ月ぶりの新作として、多くのリスナーがハチの帰還を喜んだ。現在、2013年投稿のボカロ曲の中で唯一1000万回再生を突破し、「VOCALOID神話入り」を果たしている。
2013年の「ドーナツホール」投稿の約半年前には、本名・米津玄師としてメジャーデビューを果たしていた。その後、2014年4月にリリースされたメジャーデビュー後初アルバム『YANKEE』には、「ドーナツホール」のセルフカバー版が収録された。この曲は、ハチの時代を知る人々にとって、懐かしさと彼の価値観の変化を感じさせるものとなった。米津は当時、「ハチと米津玄師の境目がどんどん薄くなってきているのかもしれない」と語っている。
2016年には、米津がTwitter(現X)で「ドーナツホール」の映像に登場するキャラクターたちを最新版に描き直したイラストを投稿。これらの度重なる話題から、彼自身も本曲には他の作品とは異なる思い入れを持っていることが伺えた。
今回の「ドーナツホール 2024」の映像制作では、米津自身がキャラクターデザイン原案のみを担当し、映像制作や脚本は彼が培ったキャリアで出会った精鋭クリエイターたちに一任。未熟だった学生時代に取り残した淡い後悔を、大人になり大成した彼が積み重ねた信頼と実績を用いて昇華したという、少年漫画のような展開が、本曲のドラマ性をより際立たせている。
「ドーナツホール」は、米津の歩みの中でたびたび話題に上がってきた曲であり、その変遷を追うと、彼の活動形態や価値観の変化を表す座標点的な作品として受け取れる。特に2024年の「がらくた」を生み出した彼の元に「ドーナツホール」が“帰ってきた”ことには、やや必然めいたものを感じざるを得ない。
「がらくた」は「壊れていてもかまいません」というフレーズを主題に、何かしら“壊れた”一面を抱える人々や彼らの営みを描いた曲である。改めて思えば、「ドーナツホール」もまた、表現は変われど、欠落のある人間の様子が描かれている。今回の映像には、直近の彼が主題とした様々な事柄が随所に織り交ぜられている。
楽曲「ドーナツホール」の投稿から11年。今回の映像リメイクによって、ハチ=米津玄師の大きな成長と変化、進化に感慨深くなった人も多かったに違いない。しかし、だからこそ痛切に感じる。VOCALOIDを用いていた“ハチ”と、自らの姿/声で歌う“米津玄師”。どちらの音楽も「欠けたものを抱える生き辛さ」を描く本質は、何も変わらないままだということを。その点におけるある種の伏線回収も、今タイミングでの「ドーナツホール」MVリメイクの意義深さをより色濃いものにしている。