巨人・落合博満と松井秀喜、初対面から伝説のクリーンナップへ：30分遅刻のミスから学んだ技術の盗み方

1993年12月、40歳でFA宣言し、巨人に電撃移籍した落合博満。彼が巨人に在籍した3年間は、チームに大きな影響を与えました。特に、1995年シーズンで原辰徳が現役引退し、「新四番争い」がスタートした際、落合と松井秀喜の関係が注目を集めました。

1996年のキャンプイン前に、21歳の松井秀喜はフジテレビの『ニュースJAPAN』に出演し、「元気なオジサンが頑張ってますから、僕も負けないようにしたいと思います」と語りました。ここで「オジサン」とは、40歳の落合博満を指していました。

ふたりの出会いは、落合の巨人へのFA移籍が決まった1993年12月、報知新聞社がセッティングした東京會舘での対談でした。この日、松井は渋滞に巻き込まれ30分以上遅刻しましたが、落合は怒るどころか、練習の大切さを説いたそうです。

松井は、当時19歳か20歳で、落合が40歳という年齢差に驚いたと語っています。20歳上の人間は、若者にとって先輩やライバルというより、ほとんど父親に近い年齢差でした。プライベートでは、ふたりは仲良く飲みに行くような関係ではなく、落合はキャンプ中に部屋でひとり鍋をつつく個人主義者で、松井も群れるタイプではなく、チームの一軍野手の中で飛び抜けて若かったです。寮では読書をしたり、ビデオを眺めて過ごすことが多かったそうです。

長嶋監督の専属広報だった小俣進は、「松井が入った頃の巨人は仲良しグループみたいな雰囲気があったけど、松井はそういうのに馴染めなかった」と証言しています。当時の巨人の雰囲気に馴染めないふたりが、三番と四番のクリーンナップを組んでいました。

松井は、落合の巨人加入直後に、「落合さんの移籍は、もちろん大いに興味があります。でも、ボクのほうから教えを聞きにいくことはないでしょう。技術は教わるものじゃなく、盗むものだと思いますから」とコメントしています。落合の偉大さを認めつつも、教えを請うのではなく、技術を盗むという姿勢を示しました。

1994年、長嶋巨人が初の日本一に輝いた際、「三番松井、四番落合」の並びは崩れることなく、130試合目の中日との同率優勝決定戦まで戦い抜きました。決戦前夜、松井はほとんど眠れず、ナゴヤ球場のグラウンドに立つと足が震えたそうです。そんな極限状態で、支えになったのは不動の四番打者の存在でした。

「僕は自分にプレッシャーをかけていました。『世間から見れば20歳のひよっこだけど、落合さんの前を打つ巨人の3番打者なんだ。20歳だってやれるんだ』という使命感を持っていました」と松井は語っています。そして、「10・8決戦」で落合と松井はアベックアーチを放ち、球史に残る大一番を制しました。

松井は、プロ1年目を終え、ミズノの工場を訪ねた際に見せてもらった落合のバットに衝撃を受け、自身のバットも落合の使う型を参考に毎年改良を加えたそうです。同僚になり、ネクストバッターズ・サークルや塁上から、落合の打撃を観察し続けるうちに、卓越した技術の真髄に触れました。

「落合さんが凄いのはボールをバットに当てる技術。そしてその凄さを一番感じるのが、実はファウルを打ったときです。嫌なボールは全部、一塁側にファウルにする。しかもそのファウルを全部、芯で捕らえて打っているのが凄い。そうしてファウルを打つことで、投手との勝負でチャンスをどんどん広げていく。だんだんとピッチャーを追い込んでいって、いつの間にか立場が変わってしまうんです。あれは凄かった」と松井は語っています。

プロ2年目から3年目あたりの松井は、コンスタントに打率.280～90、20本塁打ほどの成績を残していましたが、入団時に託された「王貞治の55本を超えるホームランバッターに」という期待に応えているとは言い難く、1歳上のイチロー（オリックス）の快進撃と比較して、物足りないと批判する声も多々ありました。

松井は、淡々とポーカーフェイスでプレーする背番号55。長嶋茂雄に憧れた落合や、巨人軍のユニフォームを着ることを夢見た原とは違い、もともと阪神ファンだった松井には長嶋巨人に対する過剰な思い入れがなく、そのスタンスが周囲の熱とのギャップとなって現れていました。

しかし、長嶋監督とのマンツーマンの素振りの特訓や、落合が体現する四番の役割を目の当たりにする中で、松井の意識や言動は徐々に変化していきました。プロとしてさらなる高みを目指す中で、自分に託された使命を受け入れたのでした。

落合と松井は、グラウンド上では同僚選手ですら、ふたりがじっくり話しているのをほとんど見たことがないと振り返る関係性でしたが、実は両者には知られざる意外な接点がありました。激戦の疲れを癒やす東京ドームの風呂場で、他の選手たちが我先にと汗を流してロッカールームを出て行くのを横目に、マイペースの落合と松井はともにゆっくりと帰り支度をして、湯船に浸かったそうです。

「2人とも試合が終わった後、ゆっくりしていましたから、お風呂に入るときはほかに誰もいないことが多かった。私の打撃には悪い癖がありました。どうしても右手が強すぎて無意識に頼ってしまい、スイングのときに右肘が上がる。バットの軌道が変わり、きちんと当たらなくなる。その悪癖を落合さんは早い時点で見抜いていた。直すために左肘の使い方などを教えてくれて『結果がいいから、必ずしもいい打ち方をしているわけではない。このままではそれ以上はいきませんよ』と。将来のためのヒントをいただきました」と松井は語っています。

チームメイトすら知らなかった、ゲームセット後の世代を超えた大打者同士の交流は、まるで落合が松井に己の技術や考えを伝える野球の教室のようでもありました。対話を重ねるうちに、松井はこれまで以上に落合のプレーを目で追うようになりました。

「なぜ選球眼がいいのか。なぜ逆方向に打球を飛ばせるのか。打率と長打を高いレベルで両立させる打撃について知りたくて練習から落合さんに目を注ぎ、試合中はベンチで隣に座った。三冠王3度の打撃を支える思考をどう自分に応用するか。落合さんが意識していることを自分に当てはめ、打席で表現できるかという挑戦だった」と松井は語っています。

そして、1996年春。プロ4年目を迎えた背番号55は、オープン戦でチーム最多の5本塁打を放ち、12球団トップの20打点を記録しました。機は熟した。長嶋監督は、ついにひとつの決断を下しました。4月5日の阪神との開幕戦で、超満員の東京ドームにアナウンスされたのは、「四番右翼・松井、五番一塁・落合」でした。