「卓球部か野球部か」迷った末の選択、2年後甲子園で活躍「公立校のロマン」44歳監督が語る
夏の甲子園に静岡代表として出場した掛川西高校。1年前の8月には秋季大会初戦で敗退していたチームが、どのように急成長を遂げたのか、大石卓哉監督(44歳)に話を聞いた。
公立の進学校と私立の強豪校では環境が異なる。しかし、大石監督はその違いを「差」とは捉えていない。実際、今夏は甲子園に出場し、初戦では山梨県の私立・日本航空に勝利した。
「公立高校の教師は異動があるため、同じ監督が10年、20年と指揮を執ることは少ない。監督の色を出すよりも、入部した選手に応じて毎年チームカラーを変えていくことが、チームの強さにつながると考えています。選手の特徴を生かしたチームづくりを重視しています。」
静岡県には「学校裁量枠」という仕組みがあり、公立校でも独自の選抜が可能だ。この制度により、静岡県の公立校は野球やサッカーなどで好成績を残している。掛川西も県内出身者だけでチームを構成しているが、学校裁量枠を活用している。大石監督は「掛川西は甲子園出場経験のある伝統校なので、選手を集める上で他の公立高校よりもアドバンテージがある」と話す。
しかし、学校裁量枠で入学した生徒も他の生徒と同じように授業やテストを受けるため、野球に専念したい生徒は私立の強豪校を選ぶ傾向がある。公立校では学校裁量枠の選手に加えて、一般入試で入学した選手がチーム力を高める上で重要だ。
例えば、夏の甲子園で好投した増井俊介投手も一般入試で入学した選手の一人だ。入学当初、増井は野球部と卓球部のどちらに入るか迷っていた。大石監督は増井に野球部に入るメリットとデメリットを説明し、最終的には増井自身が決断した。
「最初は練習がきついと思う。でも、冬場のトレーニングに取り組めば、3年生になった時に球速が140キロを超えてくると思う。体の大きさと頭脳を組み合わせれば、大学でも野球を続けられる選手になるポテンシャルがある。もちろん、増井自身が努力できればだけど。」
増井は厳しい環境に飛び込み、大石監督の想像を超える選手へと成長した。今夏の静岡大会では3試合で10回1/3を投げて1失点と好投し、甲子園出場に貢献した。甲子園でも日本航空戦で4回無失点と好リリーフを見せ、2回戦の岡山学芸館戦でも1回を無失点に抑えた。
増井の最大の特徴は直球にある。球種は決して多くないが、角度と球威のある直球で打者をねじ伏せる。大石監督は「スライダーがあったら投球の幅は広がるに違いない」と考えていたが、増井に習得を促さなかった。
「多くを求め過ぎると選手は苦しくなりますし、良さが消えてしまう可能性もあります。それよりも、1人1人の選手の特徴を生かしたり、それぞれの選手に役割を持たせたりして、チーム全体でバリエーションを増やす意識を持っています。」
今夏、掛川西の投手陣は個が際立っていた。エースの高橋郁真投手は右サイドスローから変化球と制球力で勝負する。2年生の杉崎蒼汰投手は直球にスライダーとカーブを組み合わせ、コントロールも安定している正統派。他にも、技巧派の左投手や特殊球を武器とする右投手ら、タイプが異なる投手がそろった。
野手の構成も独特だった。試合前のシートノックを見ると、守備に就く選手の数が少ない。通常、各位置に選手が2人ずつ就くが、掛川西は内野も外野も1人しかいないポジションが多い。2番手の野手を置いていないのだ。代打の切り札は守備練習に入っていない。
大石監督は「私立の強豪校のようにチーム内競争が激しくて、選手層が厚いわけではありません。2番手の選手をベンチに入れても、出場機会がほとんどない。それなら、代打、代走、守備固めとスペシャリストをベンチに入れた方が、チーム力は高くなると考えました」と説明する。
守備のスペシャリストの役割を担ったのは、稲葉銀士選手だった。試合終盤で代走を出した直後の守備や僅差を守り切りたい場面で、投手を除く全てのポジションを守る役割を任された。決勝前日に一塁手が体調不良となり、大石監督はスタメンに頭を悩ませた。
「一塁手の2番手がいないので、やばいと焦りました。」
しかし、選手たちから自然と声が上がった。
「稲葉がいるじゃないですか!」
守備力が高いとはいえ、稲葉は試合で一塁を一度も守ったことがない。大石監督は「心配しかなかった」と正直な心境を吐露した。しかし、選手たちは緊急事態でも余裕があった。午前中の全体練習を終えると、選手たちがノックを始め、一塁を守る稲葉に「ゲッツーは狙わなくて良いから」「ゴロが飛んできたら1つアウトにすればOKだから」と声をかけた。
その姿に大石監督は学びを得た。
「選手たちがすごく楽しそうでした。2番手の選手を置かない、いわばチームとして不完全な状態の方が、高校生はアクシデントを乗り越えようと気持ちが入る。その状況をおもしろがる力があると実感しました。チームを完璧に仕上げなくても、何とかなるんだなと選手に気付かせてもらいました。」
大石監督は決勝戦、稲葉を「6番一塁」で起用した。打撃の調子が良かった稲葉は準決勝に左翼でフル出場していた。決勝では一塁を守ることになり、元々のレギュラーだった杉山侑生選手が「8番左翼」で先発した。この起用が的中し、稲葉選手は3打数2安打、2四死球でチャンスを演出。杉山選手は2安打5打点と打線をけん引し、甲子園の道を切り開いた。
大石監督は「掛川西は全寮制ではありませんし、県立の進学校なので勉強時間の確保も必要です。今はトレーニングの予定を組んでから、空いたところに野球の練習を入れています。野球をする時間が絶対的に足りないので、年間を通じて公式戦で結果を出すのは難しいと思っています。1年かけてチームをつくって、夏に勝負することしかできません」と語る。
新チームがスタートする秋から冬にかけて体力や筋力を強化し、春から技術や戦術を高めていく形だ。
「夏に向かって体力や筋力が上がっていって、最後に野球が乗っかってくるイメージです。うちの高校に来てくれる選手たちには申し訳ない部分はありますが、全国の強豪校との差を埋めるにはトレーニングに重点を置いて、その基礎をつくってから野球の動きを磨いていくのがベストだと今は考えています。」
大石監督は現時点で春と夏、連続で甲子園に出場する力がチームには備わっていないと分析する。それでも、今秋の県大会では準優勝し、東海大会への出場を決めた。今夏もスタメンで活躍した2年生がチームをけん引し、夏春2季連続の聖地が手の届くところまできている。
「公立が私立に及ばない部分はあります。だからといって、試合に勝てないわけでも、甲子園に行けないわけでもありません。」選手との距離感を見直し、日曜を休みにするなどの練習日程の改革を経て、大石監督の言葉と結果には、高校野球が人々を魅了する理由が詰まっていた。