池松壮亮主演、石井裕也監督『本心』──未来のテクノロジーと人間の本質を探究
『本心』『月』『愛にイナズマ』など、人間の本質を描く名手である石井裕也監督の最新作『本心』が、11月8日(金)に全国公開される。この映画の原作は、芥川賞作家・平野啓一郎による同名の近未来小説で、テクノロジーの進歩を背景に、亡き母を仮想空間で再現する過程で隠された秘密を知る男の物語を描く。
池松壮亮が演じる主人公・石川朔也は、母(田中裕子)を災害から救おうとして重傷を負い、1年間の昏睡状態に陥る。目覚めた彼は、母が「自由死」を選び自ら命を絶ったことを知る。母の真意を知りたいと願う朔也は、仮想空間上で「人間」を再現するVF(ヴァーチャル・フィギュア)の存在を知り、開発者(妻夫木聡)に「母の再現」を依頼する。
映画では、原作の2040年代から設定を2026年に前倒ししている。これは、コロナ禍やテクノロジーの急速な進化が生活様式を大きく変えたことに起因する。2020年のコロナ禍以降、リモートワークやネット配信サービス、デリバリーの普及が加速し、2022年には「ChatGPT」の登場などでAI技術も急速に進化している。こうした現状を反映し、映画はSFというより現実に近い未来を舞台にしている。
さらに、「自由死」のテーマも現実に根ざしている。オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、コロンビア、スペイン、ニュージーランドでは尊厳死や安楽死が認められており、社会の変化によって「自由死」も実現に近づいている。
物語の中で朔也は、ロボット化の進展で職を失い、「リアル・アバター」の仕事を始める。これはカメラ付きゴーグルを装着して依頼主の指示通りに動く仕事で、いわば「便利屋」のような役割だ。様々な依頼をこなすうちに朔也は次第に自身のアイデンティティを見失い、母の親友である三好彩花(三吉彩花)と出会うことで、母の隠された一面と秘密を知ることになる。
主演の池松壮亮と石井監督は『ぼくたちの家族』以来、10年ぶりの再共演で、池松が原作を読んだ感動から映画化を提案した。監督も7歳で母を亡くしており、「自分の話のように感じた」と語っている。脚本は撮影前に100回以上も修正されたという。
『本心』には、田中裕子、妻夫木聡、水上恒司、仲野太賀、綾野剛といった実力派俳優が出演しており、それぞれの演技が物語に深みを加えている。
監督は、テクノロジーの進化が社会に及ぼす影響、そしてその中で生じる迷いや不安を描きたかったと述べている。便利さや夢の実現がある一方で、亡くなった人のVFを「演じさせる」未来が本当に望ましいものなのかという問いを投げかける作品となっている。
この映画は、現実と仮想の境界が曖昧になる近未来を描き、テクノロジーがもたらす影響と人間の本質的な問題を巧みに織り交ぜている。