『おむすび』が描く震災の記憶:冷たいおむすびがつなげた希望
結(橋本環奈)は、いつもどこか悲しそうな顔をしている理由を翔也(佐野勇斗)に語り始める。『おむすび』(NHK総合)第21話では、当時6歳だった結(磯村アメリ)の“あの日”の記憶が描かれた。
9年前の1月、結たち家族が暮らすさくら商店街にアーケードを設置する計画が大詰めに差し掛かっていた。商店街側の責任者に選ばれた聖人(北村有起哉)は、署名活動を行なっていた。住民のほとんどは賛成してくれたが、唯一反対していた靴職人の孝雄(緒形直人)を説得することは叶わなかった。
だが、歩(高松咲希)と孝雄の娘・真紀(大島美優)の友情は続いていた。歩はおしゃれなお店が並ぶ神戸のトアロードで真紀に服を選んでもらったと喜んで帰ってくる。モデルを目指している真紀はセンス抜群のチェックのワンピースを歩に見せびらかし、結にも『美少女戦士セーラームーン』のアクセサリーを首からかけてくれた。歩と結にとって、真紀は自慢の友達だった。
その日は3連休の最終日で、歩と真紀は「じゃあまた明日、学校で」と別れた。翌朝5時46分、歩と結は激しい地震に見舞われる。揺れがおさまった後、聖人と愛子(麻生久美子)が急いで駆けつけてきて結を抱きしめてくれた。家族で瓦礫の中を避難所になった小学校まで歩いた。避難所では誰もが不安そうに身を寄せ合っていた。
子供の目線で震災を描いた本作は、状況をよくなできない結が学校の友達と「幼稚園休みかな? 一緒に遊べるね」と笑い合っていた場面もあった。避難所に似つかわしくない子供たちの呑気な声が逆にリアリティを醸成している。
結には、三浦雅美(安藤千代子)という女性が冷えたおむすびを差し入れてくれたときに「おばちゃん、これ冷たい。チンして」と無邪気に言った記憶がある。三浦は電気もガスも止まっていて電子レンジが使えないことを丁寧に説明し、冷えたおむすびの事情を涙ながらに明かした。彼女は神戸出身で震災を経験し、現在は語り部としても活動している。その言葉には熱がこもっており、彼女が歩いてきた道のりが伝わってきた。
結は、最後に「でも、大丈夫。絶対、大丈夫やから」と言われたことや、冷たいおにぎりのおかげで人々が少しホッとした笑顔を浮かべた瞬間も覚えていた。結が「美味しいもん食べたら、悲しいことちょっとは忘れられるけん」と悲しい顔をしている人に食べ物を渡すのは、その経験から始まった。2025年度前期には『アンパンマン』の作者・やなせたかしとその妻をモデルにした朝ドラ『あんぱん』が放送されるが、アンパンマンもお腹のすいた人や困っている人に自分の顔を分け与える精神と共通する。結も震災の経験から、みんなを元気するために食べ物を分け与えてきたが、まだ自分の心は癒せていない。