新庄剛志監督の手腕で北海道日本ハムファイターズが最下位からクライマックス・シリーズ進出
新庄剛志監督率いる北海道日本ハムファイターズが2年連続最下位からクライマックス・シリーズ(CS)進出を果たした
新庄剛志監督が率いる北海道日本ハムファイターズが、2年連続最下位から2018年以来となるクライマックス・シリーズ(CS)進出を決めた。新庄監督の就任3年目、「新庄ファイターズ」は一体何が変わったのか。指揮官と同学年でチームを見続けてきたOB解説者の岩本勉氏に話を聞いた。
「優勝なんか一切、目指しません。僕は!」
2021年11月、就任会見に臨んだ「BIGBOSS」は、インパクトのある言葉で指揮官としてのキャリアをスタートさせた。「何でこんなに変わったの?」と多くの人が疑問に思った。あれから3年、新庄監督は誰も信じていなかったポストシーズン進出を決め、その舞台で野球ファンを驚かせようとしている。優勝を決めたソフトバンクには大差をつけられたが、若い選手たちが生き生きと躍動するチームは大きなインパクトを残した。
岩本氏の分析:3年目の進化
「何でこんなに変わったの?色んな人からそう聞かれます。一言で言えば今年のファイターズは新庄監督の集大成のチームなんです。2年間蓄えてきたもの、その成果が結果となって出ている。何より新庄剛志という野球人が、この2年間でめちゃくちゃ監督らしくなった。偉そうに言うつもりはないんですが、同学年としてそれは一番感じていることなんですよ」と岩本氏は3年目の進化を解説する。
就任1年目:全員を一軍の舞台に立たせる
就任1年目の2022年は、戦力の大幅な入れ替えがあり、若い選手中心のチームで迎えた。「全員を一軍の舞台に立たせる」という公約通り、故障の1人を除く全選手を一軍で起用した。2年目は辛抱の時。自身は派手なパフォーマンスも控えてあまり表に立たず、選手には時に厳しい姿勢も見せた。
野球への愛情
「野球に恋していた」新庄監督は、10年以上野球界から離れていたが、野球への愛情は衰えていなかった。「新庄監督は野球にずっと恋していた。俺ならこんな野球がしたいと描いていたはずなんです。就任してまずチームを見た時にそのポテンシャルを感じて嬉しくなって、1年間は周りがなんと言おうと、潜在能力の“引き出し作業”をしたんですよ」と岩本氏は語る。
2年目:寡黙な指導
2年目は本当に寡黙で、ベンチでの立ち姿も違った。「プロはこんなに厳しい世界で責任を持ったプレーが必要なんだぞ、というのを植えつけまくった。そして3年目に、君たちはもう自信を持って戦え、これがスローガンの『大航海』です。今年は放送席で見ていて差し込まれるようなベンチの作戦もありました。このタイミングでこれか、上手いなぁと思わず感心するような。加えて球団も今年は本気になってお金を使って補強した。獲ってきた選手が活躍するだけでなく、それを見た他の選手たちが刺激を受けた。この相乗効果は最後のスパイスになったと思います」と岩本氏は分析する。
初陣での印象的なプレー
22年3月25日、BIGBOSSの初陣となるソフトバンク戦を解説していた岩本氏は、思わず頭を抱えたという。開幕投手の重責を担ったソフトバンク先発の千賀滉大(現・メッツ)は、立ち上がりから制球が定まらず苦しんでいた。ボールが手につかないような状態に対して、ファイターズの先頭打者、今川優馬は3ボールからボール球に手を出して凡打し、笑顔でベンチに戻ってきた。
「このまま打席に立っていれば四球を出すのが90%以上というアップアップの状態。2球連続ストライクを投げられる確率なんて10%未満でしょう。相手にとっては“待て”のサインが一番嫌なのに、ファイターズはどんどんバットを振って千賀を立ち直らせてしまった。何じゃこの野球は?と思いました。でもそれが実は、新庄監督の狙いだった。責任は俺がとるから、と指示して3ボールからでもむやみにバット出させる習慣をつけさせていたんです」
「セコセコ野球」のトラップ
「セコセコ野球」は、エンドランやセーフティースクイズなどを多用してしぶとく1点をもぎ取る戦術だ。これができるようになったのも、最下位だった2年間に若い選手たちに一軍の舞台で経験を積ませたことが大きいという。「セコセコ野球なんていう言葉は、新庄監督の隠れ蓑です。全然セコくなんかない。実際は作戦野球です。緻密なことを瞬時に理解できる選手がいないとできない作戦ばかり。1年目は見ていて『これは場面が違うとめちゃくちゃ嫌らしい作戦やな』と思うことがよくありました。ただ、勝負の場である一軍の試合で試すことじゃない。そういうことは二軍の試合でやれ、という外野の声もあったと思います。でも今となればあのプレッシャーの中で経験させたことに意味があった。キャンプでも実は報道陣をシャットアウトして細かいサインプレーを練習させていました。全てのことが今に生きているのだと思います」
清宮幸太郎の覚醒
今季、躍進の大きな原動力となったのが清宮幸太郎内野手の打棒だ。7月の月間打率は.383、8月は7本塁打を放ち、17試合連続安打をマークするなど大活躍でチームの上位争いを牽引。ファイターズのファンにとっては待ちに待ったスター選手の覚醒だった。
「清宮は一軍の景色を知りながら悔しさも持ってきた選手。目指すもののレベルも高かったと思います。ピッチャー目線では、今シーズンはボールの見逃し方が本当に嫌ですよね。しっかり見極めているから、ボール半個甘く入ったら放り込まれるなという恐怖がある。バッターボックスでもどっしり感が出てきました」
投手陣の成長
先発投手ではFAで獲得した山崎福也と大黒柱の伊藤大海に加えて、加藤貴、バーヘイゲン、2年目の金村尚真と頼りになる存在がしっかり試合を作った。リリーフ陣に関しては場当たり的ではなく、1年間を見据えた起用ができたことが大きいと分析する。
「21歳を大抜擢」の新庄マジック
「柱となる投手は疲労を溜めないように上手に休ませて、その間に若い投手をふと一軍に上げて戦力を見極めている。チームにゆとりがあるんです。柳川(大晟)はそれがハマった典型だと思います。昨年からクローザーを務める田中正義は元々ガラスのハートな部分がありますからね。田中だけに負担がかかると、ある日ピキッとヒビが入った時に辛くなる。そこで試した柳川がぴたりとハマって夏場だけで8セーブですから。おかげで田中を見切り発車ではなく、万全な状態で一軍に上げることができた。あれは見事な新庄采配だったと思います」
柳川は21歳の育成出身右腕。8月6日に不調の田中正義が登録抹消となった際、新庄監督が「柳川君はちょっと面白いかな」と報道陣相手に唐突に名前を挙げた。それまでイースタンリーグでは今季18試合に登板し4勝2敗2セーブ。身長191cmの長身から最速157kmのストレートを投げ込む素質を見込み「いつかは(抑えに)しないといけない選手。こういうペナントレースの中で一気に成長させるのも一つの手ですから」と賭けた大胆なクローザー抜擢だった。
野村克也の“色違い”
「あの新庄監督の言葉を報道を聞いた柳川は、俺が抑えかと思って、その気になって球場来ますよね。選手って監督のコメントに自分の名前があるだけですごく嬉しい。自分は見てもらえている、息のかかった選手だぞ、と思える。逆にどんなに活躍しても『清宮は褒めない』と言うのも同じこと。彼の持っているものはこんなもんじゃないだろ、という言外のメッセージです。新庄監督は本当にメディアの使い方が上手い。叱咤し激励してきちんとフォローする。僕は野村克也監督の“色違い”だと思ってます。キャラクターは全く違いますがやっていることは同じ。そりゃあ彼にとって阪神時代の恩師ですからね。実は二人はそっくりだと思ってますよ(笑)」
深い絆
岩本氏と新庄監督は現役時代、2年間ともにプレーしている。「新庄が二枚目、岩本は三枚目」。そんな“棲み分け”で注目を集め、北海道移転後のファイターズを全国区の存在へと押し上げた。深い絆がある同学年の岩本へ、新庄監督は密かに「3年目の飛躍」を予言していた。
結論
新庄剛志監督の3年目の進化は、チームの潜在能力を引き出し、若い選手たちを成長させ、戦術的な面でも緻密な采配をみせることで、2年連続最下位からクライマックス・シリーズ進出を果たした。新庄監督の手腕とチームの成長が、ファンに大きな期待と喜びをもたらしている。