織田裕二主演『お金がない!』:90年代ドラマの魅力と再評価
90年代の名作ドラマが再放送され、織田裕二の魅力再評価
9月6日から13日にかけて、フジテレビ系で1993年に放送された大人気ドラマ『振り返れば奴がいる』が再放送されました。さらに、9月16日からは新作映画(11月公開)の封切を前に、『踊る大捜査線』シリーズ(テレビドラマ、映画5作、スペシャルドラマ3作)が一挙再放送中です。90年代のドラマが続々と放送され、当時を知る視聴者たちは懐かしさがこみ上げていることでしょう。
これらの再放送をきっかけに、両作品で主演を務めた織田裕二さんへの注目が集まっています。90年代は、まさに織田さんの時代。各局のドラマに引っ張りだこで、出演する作品はいずれも高視聴率を記録していたと言っても過言ではありません。
視聴困難となった名作『お金がない!』
しかし、中には再放送も配信もされず、現在では視聴困難となってしまった作品もあります。その一つが、1994年にフジテレビ系で放送された『お金がない!』です。今回は、この作品を振り返ってみましょう。
庶民的な役=ハマり役!人懐っこい演技で好感度もアップ
『お金がない!』は「水曜劇場」枠で放送されていました。まずはあらすじを振り返りましょう。
主人公は、両親を亡くし、小学生2人の弟を育てながら町工場で働く萩原健太郎(織田裕二)。借金に苦しみながらも、楽天的で根性のある彼は幼馴染の神田美智子(財前直見)のサポートを受け、楽しく幸せに生きていました。しかし、ある日、工場が倒産し、住む家もなくなってしまいます。美智子の紹介でなんとか大手外資系保険会社「ユニバーサル・インシュアランス」の清掃&設備管理の仕事に就くことになります。
ある時、ストイックな営業部長・柏木麗子(高樹沙耶)の秘書・大沢一郎(東幹久)が紛失した重要書類を見つけ、書類を人質に柏木に取引を持ちかけますが、逆に清掃会社もクビにされてしまいます。大沢はそんな健太郎に声をかけ、二人は意気投合。健太郎は社員に成りすまして大口契約を取り戻し、社長指名で晴れて社員となります。そして、持ち前のバイタリティで出世の道を歩み始めます。
本作には、貧困やパワハラなど、様々なトラブルが次々と登場します。しかし、健太郎がとにかくポジティブで打たれ強いため、物語は暗くならず、むしろ視聴者も元気になれるのです。
織田さんは、不器用で真っ直ぐな役がよく似合います。『お金がない!』のように、そこに人懐っこさが加われば、敵対していた柏木を始め、関わる人はどんどんその人間性に惹かれてしまいます。未知の世界に飛び込み、物怖じせずに他者と向き合える人は中々いません。やりすぎな部分もありますが、彼の度胸は見習いたいものです。
美智子と大沢も素晴らしいキャラクターです。二人とも根っからのお人好しで、彼らがいたからこそ健太郎は自由に動くことができました。また、大人になって振り返ると、男性優位な社会で様々な葛藤を抱きつつも凛とした姿勢を崩さずにキャリアを築き上げた柏木にも好感が持てます。取り立て屋から最終的に美智子の兄が経営する居酒屋の店員になった二人も、ナイスキャラでした。
『踊る大捜査線』の青島にも繋がる?勝気な営業マンキャラ
萩原健太郎という人物は、ある意味『踊る大捜査線』の青島俊作にも似ています。お調子者ながら実直で、無鉄砲なところがあるものの、物事に全力投球なところは共通の性格です。
健太郎の扱う商品は外資系保険で、営業相手は多くが一流企業のお偉いさんなため、営業のノウハウやビジネスマナーをほぼ知らない彼にとっては難しい環境です。ゆえに仕事をしていても失敗が多いです。
しかし、健太郎はそんなことにめげず、常に学びの精神でがむしゃらに仕事に向き合いました。このあたりも、脱サラし、ガチガチの階級社会である警察官の世界に飛び込んだ『踊る』の青島と似ています。
また、『踊る』との共通点は他にもあります。それが、『お金がない!』にディレクターの一人として参加していた本広克行監督です。当時、本広監督は『7月7日、晴れ』で映画監督デビューしたばかりでしたが、織田さんが『お金がない!』の演出や同映画を気に入り、「何か一緒にやりたい」と熱望したそうです。
そして数年後、『踊る』の構想ができあがったときに織田さん自らが亀山千広プロデューサーに本広氏を推薦。本広氏はドラマのチーフ演出を務めた後、映画シリーズでは監督となりました。今年10月と11月に公開される『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』でも、再びメガホンを取ることになっています。
突き進む荻原健太郎に起こる変化と手にしたもの
一生懸命な健太郎ですが、仕事が軌道に乗るにつれ「弟たちのためにお金を稼ぐ」という本来の目的が薄れていく7話では、萩原のターニングポイントとなる名シーンが生まれます。
氷室浩介社長(石橋凌)からの「焦げた飯は好きか」という質問に、「好きだ」と答える健太郎。続けて「金持ちになりたいか」と問い、「金持ちになりたければ何かを捨てなくてはならない」と語る氷室。そして何を捨てるか問う健太郎に、彼は「まあ焦げた飯ってとこだな」と答えます。彼の言う「焦げた飯」は、貧乏ながらも楽しく暮らしていた家族のこと。氷室は様々なものを捨ててこの地位まで上り詰め、健太郎にも同じことを求めているのです。
一方、弟たちは貧乏だった頃の楽しい生活を想いながらも、兄を支えようと自分たちで助け合います。ゲームを万引きしたりケンカをしたりと問題行動も目立ち始めますが、ずっと兄を想い、小銭でネクタイを買うなど健気な姿を見せていただけに、仕事に気を取られ弟のことを疎かにする健太郎にモヤモヤしてしまう。
物語が大きく動いた後半。大沢が人生をやり直すために退職して土木作業員となり、美智子にプロポーズします。健太郎はロス本社の会長が倒れたことで、氷室とともに1年間ロスに向かいます。
出世した健太郎は帰国後、取締役営業本部長になります。家は高層マンションになり、メイドまでつくようになりますが、やり手ビジネスマンとなった健太郎本人は、金でものを言わせたり弟より仕事を優先したりと、まったくの別人になってしまいます。このときの冷たい目つきは、これまでの健太郎から想像もつかないくらいシビアです。ピュアな健太郎とダークな健太郎という織田裕二さんの2つの顔が見られるドラマでもあります。
11話で、健太郎は信じていた氷室に贈賄の罪を着せられ、逮捕されます。氷室によって釈放されますが、本当に大切なものに気づいた彼は柏木らと氷室の不正を暴き、「僕は家族や愛を捨てたくない。僕は萩原健太郎なんです」と「焦げた飯」を守って会社を辞めます。その足で美智子と大沢の結婚式会場に乗り込んで大声で告白し、ついに美智子と結ばれます。
お金のために大切なものを捨てるか、お金を捨てて大切なものを守るか
お金は確かに重要なものですが、『お金がない!』を見ると「幸せとは何か、生きる上で本当に大切なものは何か」に気づかされます。個人的には、結婚が破談になった大沢が芳本美代子さん演じる山岸京子と結ばれたことも嬉しかったです。織田さん演じる主人公はもちろん、他キャストも見事なドラマでした。
『お金がない!』は、90年代のドラマの魅力を再評価する機会となり、織田裕二さんの演技力と作品の深さを改めて感じさせてくれる作品です。再放送や配信が実現すれば、多くの視聴者が当時の感動を再び味わうことができるでしょう。