生成AIが金融業界に与える革新とその活用の現状

生成AIが金融業界に与える革新とその活用の現状

生成AIが金融業界に革命をもたらす

アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWS)金融事業開発本部長の飯田哲夫氏は、生成AIの金融業界への浸透について、次のように分析している。「生成AIの実装は、もはやPOC(概念実証)の段階を超えた。既存の業務アプリケーションに組み込み、実際の製品やサービスとして提供する段階に入っている」。この言葉は、生成AIが金融業界に本格的に導入され、実業務に活用される動きが加速していることを示している。

生成AIの実用性と懐疑的な見方

ChatGPTの登場以来、生成AIへの期待は高まってきた。しかし、最近ではその実用性や具体的な活用方法を巡り、懐疑的な見方も広がっている。一部では「幻滅期に入った」との声も聞かれる。それでも、金融業界では生成AIの実業務への活用が本格化している。

生成AIの金融業界への浸透

AWSは9月5日に金融業界における生成AI活用事例説明会を開催した。この説明会では、生成AIが着実に金融の現場に浸透しつつあることが明らかになった。生成AIが何ができるのか、そして複雑な金融業界だからこその「余地」は何かについて、以下に詳しく解説する。

生成AI導入の背景

金融機関が生成AIの導入に動く背景には、いくつかの要因がある。まず、膨大な顧客データや取引データは、生成AIの学習に最適だ。次に、複雑な金融商品や規制には、AIによる支援の余地がある。さらに、競争激化と低金利環境下での効率化の必要性も、生成AI導入を後押ししている。

生成AIの実際の組み込み

生成AIの実際の組み込みは、さまざまな形で進んでいる。既存の業務システムへの統合、特定業務に特化したAIアシスタントの開発、データ分析や予測モデルへの応用など、その範囲は広い。飯田氏は、この変化を次のように表現する。「最新のトレンドは、生成AIが金融業務に組み込まれていくこと。エンドユーザーは、生成AIかどうかを意識せずに使っていく世界になる」。

AWSの生成AI戦略

生成AIの業務アプリケーションへの組み込みは、クラウドの活用が主流となっている。金融分野でのクラウド活用で強みを見せるAWSだが、生成AI導入の初期段階では一風変わった状況が見られた。POC(概念実証)段階では、OpenAIのGPT-4などをMicrosoft Azure経由で利用するケースが目立った。しかし、実装段階に入ると様相が一変する。「POCを終えて実際にシステムに組み込む段階で、普段使い慣れたAWSのBedrock環境でもテストする企業が増えている」と飯田氏。その結果、最終的にBedrockを採用するケースが増加しているという。

Bedrockの特徴

Bedrockとは、AWSにおいて生成AIを活用できるサービスだ。複数のAIモデルを統一されたAPIで利用可能にし、開発者の負担を軽減する。Bedrockはさまざまな大規模言語モデル(LLM)を提供できる環境であり、APIで切り替えることで、顧客は柔軟にLLMを使い分けられる。

実際のLLMの利用状況

では、実際にどのLLMが多く使われているのか。OpenAIのGPT-4の競合であるAnthropicのClaudeが利用できるのがBedrockの強みの一つだ。飯田氏は「Claudeを使っているお客さまが非常に多い」としつつ、「最近は、複数のLLMを使い分ける取り組みや、オープンソースのLLMと組み合わせて使う例が増えている」という。

LLMの特性とコストの違い

LLMごとの特性とコストの違いが、利用状況に影響を与えている。例えば、「検索では(カナダのAI企業が開発したLLMである)Cohereを使い、まとめる作業ではClaudeを使う」といった具合だ。さらに、「低コストなLLMに大規模なトークンを投入して情報を圧縮し、その後に高度な生成を行う」という段階的なアプローチも見られる。これにより、生成AIの利用に関わるコストを大幅に削減できるという。

AWSの優位性

他のクラウドプロバイダーに対する優位性について、飯田氏は自信を見せる。「AWSは多くのエンタープライズ企業で既に利用されている。業務アプリケーションを動かすベースとして選ばれている実績がある」。

金融向け生成AI技術の実装

では、実際にAWS上で進んでいる、金融向け生成AI技術の実装を見ていこう。

顧客対応・コミュニケーション最適化

金融業界における生成AI活用の第一の柱が、顧客対応とコミュニケーションの最適化だ。インテックが開発した金融機関向けCRMシステム「fcube(エフキューブ)」は、社内に蓄積された顧客情報に簡単にアクセスできる仕組みを生成AIで構築した。同社の宮丸友輔氏(バンキングビジネス事業本部事業企画部プロダクトマネージャ)は「生成AIにより、行員の代理人をシステムの中に宿らせた。目的が不明確な業務でも、蓄積されたデータから支援できるようになる」と話す。

例えば、新任の担当者が引き継いだ案件の詳細を把握する際に威力を発揮する。「前任者と会話するように、いつ、どういったことを顧客と話したのか、その文脈を踏まえて問いかけられる」と宮丸氏。これにより、顧客情報の把握にかかる時間が大幅に短縮されるという。

一方、野村総合研究所(NRI)は、コンタクトセンター向けに生成AI連携機能を活用した。同社のシニアシステムコンサルタントの大倉朝子氏(デジタルワークプレイス事業四部)は、その機能を次のように説明する。「通話中にFAQを検索・表示し、ぴったりと合うものがない場合は、社内マニュアルやFAQをもとに回答例を生成する。さらに、通話後には重要な会話の抜粋から要約文を生成し、お客さまの声を基に分析と考察も自動で行う」。

NRIのシステムは、独自のNLPエンジンとAmazon Bedrockを通じて利用するClaudeを組み合わせている。両社の取り組みに共通するのは、社内資料を生成AIが利用できるようにするRAG技術の活用だ。既存の文書や過去のデータを効果的に利用することで、生成AIの回答の質を向上させている。

文書処理・評価の自動化

顧客対応の最適化に続き、金融業界における生成AI活用の第二の柱として浮上しているのが、文書処理・評価の自動化だ。膨大な文書を扱う金融機関にとって、この領域での革新は業務効率を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。

生成AIを使い保険金支払い査定業務の自動化に挑戦しているのはFinatextだ。同社リードエンジニアの山崎蓮馬氏は、その狙いをこう説明する。「保険金支払いの査定では、ナレッジの蓄積・共有が難しく、専門知識を要する書類や画像の取り扱いも課題だ。さらに、業務のスケールに伴う負荷増大も問題。これらを解決するため、RAG、マルチモーダル、自動文書作成の3つの技術を駆使した」。

具体的には、商品情報や約款をRAGとして取り込み、請求書類の内容をClaudeのマルチモーダル機能を使いAIが解析。そして、支払い査定の見解を自動で文書化する。山崎氏によれば、社内のヒアリングでは、これにより査定業務の時間を3分の1に短縮できる可能性が示されたという。

コンプライアンス・リスク管理の強化

文書処理の自動化に続き、金融業界における生成AI活用の第三の柱として浮上しているのが、コンプライアンス・リスク管理の強化だ。厳格な規制下にある金融機関にとって、この領域での革新は業務の信頼性と効率性を両立させる鍵となっている。

キャピタルアセットプランニングが開発した保険関連文書の自動評価システム「LibelliS」(リベリス)は、コンプライアンスチェックを生成AIによって行う。同社の佐々木勝則氏(システムソリューション第2事業部アシスタントマネージャー)は、その威力を次のように説明する。「保険の募集関連文書は、多くのガイドラインや規定に従う必要があり、チェックや審査に膨大な労力がかかっていた。LibelliSは、AIがこれらの文書を評価し、関連情報を表示する。社内の検証では、作業時間を65%削減できた」。

まず、評価したい文書のPDFをアップロードすると、AIによるOCRで内容が抽出される。次に、セクションごとにAIが評価・チェックを行い、どの資料を参照して評価したかまで表示する。佐々木氏によれば、これにより人間の査読者は効率的に文書を確認でき、同時に判断の根拠も明確になるという。

技術面では、Bedrockを通じてAnthropicのClaude 3.5を利用している。「複雑な保険文書の意味を正確に理解し、自然言語でアウトプットできる能力が決め手だった」と佐々木氏は言う。

FINATEXT HD傘下のナウキャストが開発した「Finatext Advisory Assist」は、証券・保険領域の営業とコンプライアンス業務を生成AIで効率化するシステムだ。データ&AIソリューション事業責任者、片山燎平氏は、システムの特徴をこう説明する。「従来のコンプライアンスチェックは非常に非効率だった。1日に数十件、時には数百件の録音データが上がってきて、それをランダムサンプリングで聞き、チェックする。1時間の商談を1.5倍速で聞かなくてはならないような状況だ」。

これに対し、ナウキャストのシステムは二段階のアプローチを採用した。まず、企業が自社のコンプライアンス基準を入力すると、AIがチェック対象の会話を自動で分類。重要度に応じて色分けを行い、人間が優先的にチェックすべき箇所を明確にする。

次の段階として、AIが会話の内容を理解し、重要な部分を抽出する。「例えば、家族構成や既存の保険の確認など、コンプライアンス上重要な項目について、AIが『この部分は聞いていない』『ここは話題に上がったが詳細は確認していない』といった具合に指摘する。これにより、人間の確認作業が格段に効率化される」(片山氏)。

技術面では、Amazon Bedrockを基盤に、OpenAIの音声認識エンジンであるWhisperを活用した。DBに登録した単語を追加学習させ、顧客専用の書き起こしモデルにチューニング、金融専門用語の認識精度向上に注力したという。「例えば『チューリッヒ』という保険会社名でも正確に認識できるよう、モデルが自動で学習していく」と片山氏は強調する。

金融業界における生成AI活用の課題と展望

金融分野での生成AI活用が進みつつあるが、金融業界ならではの難しさもある。金融機関では、各種金融規制法やガイドラインの順守が不可欠であり、生成AI特有のセキュリティやハルシネーション(幻覚)への対応に注意しなくてはいけないからだ。大手金融機関を中心とした金融データ活用推進協会は、金融業界向けに「生成AIガイドライン」を作成するなど、生成AI活用に関する指針をまとめている。

一方で、過度にセンシティブになることは諸外国に比べ業務効率化が進まないというリスクもはらむ。ナウキャストの片山氏は、生成AIの位置付けを再考することの重要性を次のように説く。「AIを変に期待せず、要素技術として正しく理解することが重要。AIをAGI(汎用人工知能)のように捉えるのではなく、『ここは人間も失敗するしAIでもいいのでは』という観点で導入ポイントを探ることが大切」。

この指摘は、金融業界における生成AI活用の本質を突いている。セキュリティの問題は確かに重要だが、それは金融に限った話ではない。むしろ、金融業界だからこそAIガイドラインを特別に作るといった過剰反応は、イノベーションの足かせにもなりかねない。

グローバルな視点から見ても、日本の金融業界の慎重姿勢が際立つ。Finatextの山崎氏は、次のように指摘する。「グローバルで見ると、生成AIを使った保険の自動査定やアンダーライティング(契約条件の設定)の自動化が進んでいる。日本では規制や顧客保護の観点から難しい面もあるが、一定のリスクを許容してサービスを作る姿勢も重要。当局の前向きな姿勢があれば、新しいサービスが生まれる可能性がある」。

生成AIは金融業界に革新をもたらす可能性を秘めているが、その活用には慎重さと大胆さのバランスが求められており、この絶妙な均衡を取れるかどうかが、日本の金融機関の競争力を左右する試金石となりそうだ。