中野信子、脳科学への道:コミュニケーションの壁と写真記憶
中学生の頃、「脳を勉強しないと私は生き延びられない」と感じた中野信子さんが、『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」にゲストとして登場。中野さんは、幼少期から「コミュニケーションに難がある」と指摘されており、その経験が脳科学者を目指すきっかけとなったと語る。
中野さんは、幼少期から「写真記憶」の能力を持っていたが、その能力が同級生と異なることに気づかなかった。テストでは常に高得点を取ることができたが、周囲とのコミュニケーションに苦労していた。ある日、同級生に「みんなはどうして100点を取らないの?」と質問したところ、周囲が引いてしまい、「空気を読む」ことができないことに気づいた。
中野さんは、空気を読むトレーニングには時間がかかると考え、代わりに脳の仕組みを理解することで、自分の不足を補おうとした。彼女は、多くの人が生まれつき「台本」を持っているのに対し、自分にはその「台本」が欠けていたと分析する。
中野さんは、私立の中学校に通っていたが、同級生は比較的裕福な家庭の子が多く、ハイコンテクストのコミュニケーションが得意な人々に囲まれていた。その環境で、中野さんはさらに浮いた存在となり、「成績はいいけど少し変」という評価を受けることもあった。
小学校時代も、茨城県の公立学校で同級生と異なる環境にいた中野さんは、体が頑健で外で遊ぶことを優先する同級生たちとは異なる生活を送っていた。その結果、常に「エイリアン」のような存在として周囲から見られていた。
中野さんは、合理的な思考を重視し、感情的な側面と最適解を分けて考えることを心がけていた。その思考プロセスが、彼女が脳科学者を目指す決意を固める一因となった。