「極悪女王」:女子プロレスの裏側と白石和彌監督の挑戦

「極悪女王」:女子プロレスの裏側と白石和彌監督の挑戦

ビューティ・ペアのマキ上田とジャッキー佐藤

1970年代後半、女子プロレス界を席巻したビューティ・ペアは、ジャッキー佐藤とマキ上田からなる二人の女子プロレスチームだった。このチームは、多くの女子プロレスラーの憧れの存在となり、ダンプ松本や長与千種、ライオネス飛鳥らもその影響を受け、全日本女子プロレス(全女)に飛び込んでいった。

白石監督の思い

白石監督は、ビューティ・ペアの影響力について次のように語っている。「正確にいうと松本香は違うのですが、あの世代のほとんどのレスラーはビューティ・ペアに憧れて全女に飛び込んでいる。しかし、ビューティ・ペアほどの大スターでも、陰りが見えるとぞんざいに捨てられていく。ジャッキーさんの末路を見ながら“このままじゃいけない”と潜在的に危機感を覚えたんだと思う。そんなストーリーを盛り込んでいくと、『極悪女王』というタイトルや、ダンプ松本のビジュアルから想像する物語から少し違う方向の話になっていったんです」と、作品に込めた思いを明かす。

松永3兄弟の存在

全女を運営する松永3兄弟(村上淳、斎藤工、黒田大輔)は、実際には4兄弟だったが、ドラマでは3人として描かれている。白石監督は、「本当は、松永さんは4兄弟なんです。もっと尺があれば4人を描きたかったのですが、都合上1人減らさなければいけなかった。なので4人をミックスして3人のキャラクターを作りました」と、彼らの描き方にも強い思い入れがあることを語る。

トムとジェリーのような関係

劇中では、松永3兄弟が何とも狡猾に女子プロレスラーに寄り添ったり離れたりしながら、ライバル関係を演出し、手のひらで転がす様子が描かれている。「ドラマの中にもありますが、実際にダンプ松本の控室に行って“昨日長与がお前のことぶっ殺すって言ってたぞ”とか言ったりしていたらしいですよ」と、白石監督は当時のエピソードを紹介する。

ファンの反応と監督の解釈

松永3兄弟の描かれ方は、ファンの反感を買うかもしれないが、白石監督は違った解釈を見せる。「ダンプさんや長与さんと松永兄弟の話をすると、皆さん“本当にあいつらは酷かった”って言うのですが、その表情は恨んでいないどころか、結構好きだったんだろうなって思えるような笑顔なんです。“好きだったんでしょ?”と聞くと“いや違う、本当にあいつらは酷かった”って言うのですが、裏腹なんですよね。その意味では『トムとジェリー』みたいな関係性で描ければいいなと思っていました」と、監督は語る。

撮影の裏側

撮影が始まってからも、キャストたちは空き時間に自主練習を行い、気力は充実していた。白石監督も「プロレスシーンもある程度は吹替えなしでいけるのかも」と、キャストたちの前向きな姿勢に手応えを感じていたという。「本当に撮影と共に成長していっている感じがすごかった。僕らの力ではないです」と、キャストたちの頑張りを称賛する。

プロレスシーンの迫力

プロレスシーンの迫力も大きな見どころになっている。白石監督は、「段取りなどを準備してもその通りにいかないので、とにかく現場に入ってやってみようという撮り方になる」と、ドキュメンタリー的な撮影だったことを明かす。「撮影というよりは本当に試合をしているような感じでした。試合がないときは他のメンバーがサポートして……。俳優たちの頑張りによって、臨場感があるシーンができました。僕も感動しながら見ていました」と、俳優たちの頑張りを称賛する。

格闘シーンの演出

格闘シーンで意識したことは、「試合と試合の間にあるストーリーと、一つ一つの試合にちゃんと意味を持たせること」。そこを丁寧に描くことで、視聴者は必然的に試合にのめり込めるという確信のもと、演出を行ったという。

物語のキーとなるビューティ・ペア

全5話のストーリーには登場人物の生きざまが刻まれている。なかでも、白石監督は「僕が知っている全女の印象って、クラッシュ・ギャルズと極悪同盟が血で血を洗う戦いをしている印象なのですが、彼女たちは同期であり、もともとは親友だったりするんですよね」と語る。「修業時代の絆を感じられるシーンはいいなと思って撮っていました。最後まで観ると、そのシーンはやっぱり肝になっていて、自分の演出は間違っていなかったと実感できました」と、自信をのぞかせる。

企画の始まり

最初に本企画を引き受けたとき、白石監督は「極悪同盟を結成したダンプ松本が非道の限りを尽くし、日本中から嫌われたものの、それでも強く生きていく……というストーリーになるのかなと感じていた」というが、「でも話をかみ砕いていくと、松本香もそうだけれど、本当にピュアな気持ちでプロレスをやっていて、何者でもなかった少女たちがプロレスという武器を持って、厳しく生きづらい世界をいかに生き抜いていったかという青春の話になったんです」と、キャラクターに深く向き合うことで、より作品がドラマチックになっていったという。

Netflixシリーズ「極悪女王」

1980年代に多くのファンを魅了した女子プロレスの世界。そこには陽のクラッシュ・ギャルズ、そしてヒールとしての極悪同盟という二つの相対する組織の抗争があった。そんなヒールの象徴ともいえる極悪同盟のリーダーであるダンプ松本の半生を描いたNetflixシリーズ「極悪女王」(独占配信中)。本作で総監督を務めたのが、映画『狐狼の血』シリーズなどを手掛けた白石和彌だ。女子プロレスの内幕を極上のエンターテインメントに仕上げた白石監督が、過酷なショービズの世界について語った。

驚きの再現度

「極悪女王」の試合シーンは、撮影というより試合をしているような感じだったという。ダンプ松本役のゆりやんレトリィバァ、クラッシュ・ギャルズの長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽ら、レスラー役で出演している俳優は、すべてオーディションによって選ばれた。その理由について白石監督は、「体づくりを含めて準備が必要な作品。それを前もって確認する上でも、こちらで決めて誰かにオファーするというやり方は難しいと思ったんです」と語る。

撮影の困難

撮影がどれだけ大変なものになるのか……ということを想像できていた人は「一人もいなかったんじゃないかな」と白石監督は回顧する。それだけ当時の女子プロレス界で行われていたことを、プロレスにおいては素人の俳優たちがリアルに表現することは「途方もない作業」に感じられたという。「ゆりやんさんや唐田さん、剛力さんも“頑張ります!”と意欲的でしたが、本当に撮ることができるのか……」という不安は常にあったという。

プロレス監修の存在

そんななか、一筋の光が見えてきたのが、プロレス監修に入った長与千種率いる女子プロレス団体「Marvelous」の存在だ。ゆりやんらキャストたちは「Marvelous」所属のプロレスラーたちの指導を受け、体力や技術を磨いていった。「練習が始まって何日か経ってから見学に行ったとき、受け身や技もまだまだだったのですが、レスラー役の俳優たちの気持ちは出来上がっていました」と、白石監督は語る。

結論

「極悪女王」は、1980年代の女子プロレス界の内幕を極上のエンターテインメントに仕上げた作品だ。白石和彌監督の手腕と、キャストたちの頑張りによって、過酷なショービズの世界が生き生きと描かれている。この作品は、女子プロレスの魅力と、その裏側にある人間ドラマを深く掘り下げ、視聴者を引き込む力を持っている。